善悪の判断

FaceBookで見た内容について記しておこうと思いました。

「天木直人氏の視点ー(2013/12/10)」
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-7132.html
週刊プレーボーイ(12月23日号)の中の記事で・・・
「猪瀬x徳洲会をハメたのは巨大な既得権益集合体だった!!」・・・
という旨の内容。———————————————-

天木直人氏の最後に「・・・私がいまの日本はほとんど絶望的だと考える理由がここにある。」は、同感だ。

日本の多くの人々は、情報操作にいとも簡単に乗せられていると考える。
まるで、・・・物事の善悪を判断する基準を持っていないかのようだ。
法律や制度に決まっているから、それに従わないことが悪なのか?
では、その法律自体は、どうなのか?
非常に巧妙に創り上げられた制度は、誰が作ったのか?
誰が評価・把握できるのか?・・・作った者達だけだ。関わらなかった者に分かるはずがない。

では、どう判断するか?

私は、善悪のあくまでもひとつの判断材料としてだが、
「善行と悪行のバランスシートで判断する」ようにしている。
良いことをしたと評価される「善行」と、悪いことをした「悪行」を
善行 − 悪行 > 0 であれば、概ね「善行者」という評価だ。

どれを善悪と呼ぶかが問題であるけれど、概ね社会的評価(選挙の合否や、世論)で良いと思う。
・・・このように社会的に人を判断するときは、
「善行と悪行のバランスシートで判断する」ことを心掛る。

「猪瀬さん」の問題や、「小泉さんの原発0に対するもろもろの社会批判」、
「維新の会の橋下市長への批判」などなどが、気にかかる。

目の前の「悪行」が全てであるという評価で、世論(評価)を誘導することはどの時代や世界でも共通に行われてきた。
安易な判断をするように、日本の社会や政治は「誰かに」操られていると疑ってみても損はしないはずだ。

そして、最も批判すべきは、また、皆が批判すべきは・・・
善行= 0 悪行= 0 の評価であるもので、人の「悪行」のみを批判する政治家やマスコミ、や利権者達である。
出る杭を、皆で打ちまくり、結果、何もやらない者が残り、評価されてしまう状況や構造が日本の現実だ。

ネット社会は情報が溢れるが、いとも簡単に誘導されるリスクを認識すべきで・・・。
バランスを失った冷静な判断なしに、目の前の悪行者をたたきのめす社会風潮は、間違いなく日本を絶望へと導いていると考える。