AgriArt 野菜は自然の力を一杯貯めると小さく育つ!?

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我が家の「玉ねぎ」や「じゃがいも」「ニンジン」「白菜」「キャベツ」など、売っている野菜よりも総じて小さい。
また、我が家の畑の周りで、作っている野菜と比べても明らかに小さい。
玉ねぎや、じゃがいもでは、約半分ほどの大きさでしょうか。
しかし、我が家は、それを良しとしています。
不耕起で、ほとんど草も抜かず、僅かな米糠以外は、施肥しない。
家の裏の畑は、山土を入れて畑地となって約6年。やっと、いろいろの種類の雑草が増えて穏やかな雰囲気が出てきました。多様な雑草がいきいきと育っていると土地が豊かになってきたのを感じます。

そんな自然農法ですから、土地と環境に見合った作物が出来ます。
それが、市販の物や、肥料を沢山入れた周りの畑の作物と異なるのです。
見た目には、大きさが小さいです。
それでも、年々少しずつ大きくなってきています。

一般に、野菜は「大きい」「甘い」が好まれます。
しかし、よく考えると、私たちが食べようとして作る野菜がどうして「大きい物」が好まれるのか、私には分かりません。
昔、コマーシャルで「大きいことは良いことだ!」・・というフレーズが流行った時代がありました。
野菜は、未だにその価値観が続いています。

私は「野菜は自然の力を一杯貯めると小さく育つ」と信じています。
不耕起で、他の草と競争して中には、負けて育たないものもあったり、競争に勝って育つものもあったり、その個体差は大きいです。
玉ねぎの場合、私たちの奈良市では、9月に種植えをして、その中で育ちの良い苗を選んで畑に植えます。
そして、そのまま翌年の5月中旬以降に収穫します。種から収穫まで、約9ヶ月も必要です。
私たち家族にとっては「9ヶ月もかかって、小さな玉ねぎができる。」ですが、一般の農家や家庭菜園では、「9ヶ月もかかって、小さい玉ねぎしかできない。」と、その評価が全く異なるのです。
小さい玉ねぎは、一般には失敗作なのです。
(写真の玉ねぎで、白く小さな玉ねぎが我が家で作った新玉ねぎで、大きな二つの玉ねぎは、市販されていた玉ねぎです。)

食事で食べることが出来る量は、大きな玉ねぎでは1個がせいぜいですが、小さな玉ねぎだと2〜3個食べることが出来ます。
食べる量は同じなのですが「自然の力を一杯貯めた玉ねぎ」を、3個も食べることが出来るのです。
私は、こちらの方が食物の採り方が良いと思っています。
ですから、大きく育った玉ねぎをひとつ食べるよりも、小さくても自然に育ったインパクトのある玉ねぎを同じ量食べることが、自然の恵みを享受することではないかと考えています。
これは、ニンジンやじゃがいも、その他の野菜においても共通した私の観方であり、価値観といえるものです。

自然農の野菜は小さいのではなく、環境が充実している畑では、肥料が無くとも大きくてインパクトのある野菜が育ちます。
作物が育つ自然な環境に応じて、育つ個体に差があることが当然なのです。

それを無理矢理同じ大きさに人為的にコントロールしようとすることに、何の意味があるのでしょうか?
それは、農業を経済的に捉えた場合なのです。

農業には大きく二つの観方が、存在します。
ひとつは、売るために作る〈売るための農業〉と、食べるために作る〈食べるための農業〉です。(この場合の農業は、作物を作ることを意味しています。)
作物の大きさや見栄えは〈売るための農業〉にとっては大いなる価値があります。
そして、大きく作ることは面積や肥料や経費に対して効率がよいと言うことになります。
しかし、〈食べるための農業〉は、食べる物として価値の高いものを作るわけですから、効率性や大きさ、形よりも、安全性や、食物の栄養や・・・自然のエネルギーを得ることに重点を置くことになります。
ですから、自分たちで作った〈食べるための野菜〉は、大きくなくても問題ないのです。

市販の野菜は〈売るための農業〉から生まれた野菜がほとんどですから、スーパーや野菜店では〈食べるための農業〉の野菜には出会わないので、自分で作るしかないのです。
一度、作る機会があれば〈食べるための農業〉にチャレンジして見てください。
自然農法は、それに向いた方法だと思います。